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2008.04.30 12:25

 取引先からのメルマガです。
いいお話なので転載させていただきます。

さて、今日は佐賀が産んだ偉人を紹介しましょう。

森永製菓の創業者・森永太一郎は佐賀県伊万里市の出身です。
その森永製菓にまつわるこんな話があります。

関東大震災があった時、工場がぼろぼろになってしまいました。
残されたのは、その工場にあった、粉ミルクだけでした。
それを知った、創業者で社長の森永太一郎は、役員を集めて、
『無事だった粉ミルクを今すぐ被災して困っているひとに配ってこい!!』って命令したそうです。
それを聴いて、役員の人たちも色々考えました。
『このままやったら、会社も倒産してしまう。でも、幸い商品である粉ミルクは結構残っているし、
半分を、被災した人に寄付して、もう半分を売って何とかこの急場をしのいで、
その間に工場の復興をしよう』という結論を出します。
その気持ち分かりますよね。だって、関東大震災で何にもなくなってしまった訳ですから、
それしか会社を存続させる方法はないですんもんね。
そして、その事を森永社長に報告します。
『社長の言うとおり、無事だった粉ミルクの半分を被災された人たちに配りました。
工場は壊れてしまっていますが、残り半分の粉ミルクがありますので、何とかコレを売っていけば、
工場の復旧までは日銭も稼げて大丈夫だと思いますのでご安心ください』とこんな感じで。
それを聴いた森永太一郎は激怒したそうです。
『お前らはこの状況の中で一体何を考えているんだ。私達はなんのために粉ミルクを造ってきたんだ!!
周りを良く見てみろ、被災した人たちの中には、家もなくなって乳飲み子抱えて
路頭に迷っている人たちがたくさん居るんだぞ、
俺がいつ半分だけ配れっていった、残っている粉ミルク全て配ってこい。』
そしたら、役員が反論します。
『しかし、社長、残っている全ての粉ミルクを配ったら、わが社が無くなってしまいます』
そしたら、さらに激怒したそうです。
『まだわからんか!! 我々はこれからの日本を背負って立つ未来の赤ん坊の成長を願って

その支援をしてきたんだ!! 今配らんでいつ配る、なんのために今まで粉ミルクを作ってきたか考えろ。
会社の利益や存続と、赤ん坊一人の命、どっちが大切だ!!会社なんかつぶれても、
また立ち上げればいい、俺は何度でも造ってみせる。そんな自分たちのことじゃなく、

目の前の赤ん坊のことを考えろ。』って。


すごいですよね。
かっこよすぎます。
感動しました。
ちなみに佐賀空港には森永製菓の大きな看板があります。
今度来られたときチェックしてくださいね。

それでは、今日も一日社会貢献のためがんばりましょう。


 きれいごとでなく、こういう考え方のできる人間になれたらいいな・・・と思います。
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